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日本はチベットから多くのことを学ぶことができる。優れた精神文化や深い歴史からだけではなく、中国に支配された経緯と命がけの抵抗運動から、我々が多くのことを学ぶべきだ。チベットが自由になるということは、日本が自由になるということだ。――このサイトの趣旨にご賛同いただける方は、サイト内の文章をご自由にご利用ください
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JVJAチベット報告会
写真と歴史が語る隠されたチベット
~チベットに魅せられた4人の視点~

2008年7月21日、明治大学で行われた上記の報告会に行ってきた。明治大学はいつの間にか21世紀的な超近代的な大学に。過激派の看板はもうなくなっていた。

ICレコーダーで録音したので、不正確なところもあるが、テープ起こししたものを以下に。長いので何回かに分けて書きます。写真を使った説明が多いので、映像がないとわかりにくいところがあるかもしれませんが、ご容赦を。

司会進行の山本宗補氏(http://homepage2.nifty.com/munesuke/)が講演者を紹介。

石濱さんは、胡錦涛が早稲田で講演したとき、チベットTシャツを着てその上に革ジャンを来て、抗議にいったことをブログに書いている。
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-date-20080509.html


ダライ・ラマの成田での記者会見。記憶に残るのは、常に笑み絶やさない法王が、声が震えるような、痛みさえこもっている表現をされるところがあった。「自治とは名前だけである、自治は紙の上にあるだけである」と話されたときだ。おそらく、そのあたりを政府を通り越して、一番日本の皆さんに伝えたかった本心だと思う。ダライラマ法王がそういうお気持ちを伝えた背景というか、実情を4人の方々のそれぞれの視点で報告していただきたいと思います。

 

「チベット騒乱はなぜ起きたのか」

フォトジャーナリスト 野田雅也氏

1999年始めてチベットにいった。その時は何も知らなかった。
中国からチベットに入ったとき、突然変わる変わり目がある。
大変美しい光景があった。東は草原、西は砂礫の荒野。
その中で、私が一番魅力を感じたのは、素朴な人々祈りの姿。
一日の大半を祈っている。祈りが生活そのもの。

東チベットのガルンガルゴンパというところ。チベット最大の僧院の一つ。尼僧中心に8千人ほどが修行に励んでいた。俗世間から離れた山奥で僧侶だけが修行をしている。

僧侶が記録した僧院が破壊される映像。
中国は表向きは宗教の自由を認めている。法律でも認めている。しかし私が行った2001年でも露骨な宗教弾圧が行われていた。私は、その時初めてチベットが圧制下にあるということを知った。そのことをきっかけに、私は失われていくチベットを記録していこうと思った。

中国政府がチベットで行ってきたこと。
チベット人の生活、チベット人の心、 そういったものを奪ってきた。たんたんと計画的にそういう政策を行っていく。

2006年7月に開通した青蔵鉄道。毛沢東が立案、計画がなされていた。貧しい地域を豊かにしようと2000年から西部大開発が始まった。これは多くの地下資源を運び出し、チベットに多くの中国人を移住させるために使われている。鉄道建設では、漢民族の出稼ぎ労働者に様々な優遇政策をとった。低価格あるいは無償で土地を提供する。支援金が贈られる。それで開発ラッシュで一攫千金を狙う漢民族がチベットに流れ込んだ。

チベット鉄道は、まるで日本が満州鉄道をつくって開拓移民を送り込み、地元の人から土地を取り上げ、我々のものだと主張したのと同じ状況。

ラサのもっとも聖なるジョカン寺。3月に蜂起があった。
鉄道開通後、ラサの人口構成は逆転。人口35万人のうち、チベット人は15万人。

ラサ市の郊外の、草原だったはずのところに新しい街ができていた。3年前はなかった。

鉄道ができたラサだけではなく、今回チベット東部に行ったら、まったくチベットの面影がない街ができている。

漢民族が入ってくると、チベット人の土地、職業が徐々に奪われていく。
アムドから来たおばあさんは、漢民族が多い街で物乞いをして生きている。
寺を追い出されて、路上で物乞いをしている僧侶もいる。


年に1回の競馬祭の映像。みんなが楽しみにしている。お祭りはその土地の風土や習慣が凝縮されたもの。しかし、今の競馬祭。紅い旗がいっぱい見える。共産党員が出席するようになった。共産党員のためにチベット人が催し物をしているようになってきた。
入場シーンでは先頭の僧侶が紅旗を掲げ、次の人は愛国愛共団結進歩と書かれた旗をもっている。愛国教育の一環。共産党に忠誠を誓うための教育も進められている。

遊牧の様子。ヤクの写真。ヤクのフンを乾燥させて燃料にする。
遊牧民の伝統的な生活が変わってきている。2006年から本格的にチベットに導入された定住プロジェクト。特定の住居をもたない貧しいチベット人を支援するために、政府が住居を与えるというもの。数千年受け継いできた遊牧の暮らしを半ば強制的に、地域によっては完全に強制的にやめさせて、定住させ、チベット人を農耕民へと変えさせている。

集合団地。草原で遊牧をしていた人が突然こんなところに閉じこめられる。これまでは家畜を放牧していれば食べ物はあった。ヤクのミルクがあり、ミルクからチーズ、バターがつくれる。ヤクの肉も食べられる。すべての生活がうまくいっていた。しかし生産手段を失うと、生活の糧がなくなる。
私が行ったところは、強制ではなくて、共産党員が遊牧民を説得して回っていた。大変な遊牧生活をやめて、豊かなところで定住した方がいいと。家1軒あたり90万円がもらえる。大金なので、つられる人もいる。そのうち半分は住宅費としてとられる。残り45万円あるが、実はこれは言葉巧みに誘われるが、全部貸し付け。無利子だが90万円の借金を背負うことになる。家畜を売った彼らは職もない。

私も驚いたが今年4/25の人民日報で、この2年間で54万人がこれまでの伝統的な生活をやめて住宅に定住。チベット自治区の住民274万人。5人に1人は定住させられている。彼らはすべて借金を背負っている。
こうしたチベット人の管理統治がチベット全土で着々を進行している。

子供たちの写真。教育問題は重要。チベットの子供たちが通う学校は中国政府が作る。その中でチベット人は、立派な漢民族になるための教育が進められている。授業のほとんどは中国語。チベット語も教えてもらえるが、我々が英語を習うように、外国語のような扱い。彼らの教科書を見てびっくりした。小学1年生の教科書の最初のページが、共産党を称える内容。小学校の教育の中で漢化政策が行われている。(教室の壁には、マルクス、エンゲルス?、レーニン、毛沢東の肖像)。

ラサの小学校の写真。今ではチベットの親たちは積極的に中国語を教えるようにしている。家の中ではチベット語、外では中国語を使いなさいというようにしている。経済基盤が中国に握られると、中国語が話せなければ、彼らは将来、いい仕事につくことができない。子供たちは次第にチベット語と疎遠になっていく。聞くことはできても書くことができない若者たちが非常に増えている。
中国社会の中で民族の証である言語が失われつつある。
このことは民族がなくなってしまうという危機感を募らせてる。

知り合いのチベット人はこういった。「近い将来、チベットの伝統、文化は博物館でしか見られなくなるよ。土地、言葉、伝統が奪われ、もうすぐ我々は中国の中の一つの民族にすぎない存在になってしまうんだ」
多くの人がチベットが失われるという危機感を強く抱いている。
しかし、現代の中国という大きな力の中で、彼らは耐えていくしか方法はなかった。

ヒマラヤ山脈の写真。エベレストがある。平らなところは、チベット人が亡命によく使う標高6000mのナンパラ峠。毎年2000~3000人がインドに亡命。教育の問題が一番大きい。
チベットの中で行われている差別もある。漢民族にチベット人はすごく見下されている。チベット人として生きるために、自分たちの尊厳をかけて、ヒマラヤを越えていく。

親指が変色し、爪が剥がれた足の写真。彼らは氷河の上を歩き、雪を食べて逃げてくる。中国の国境警備隊に逮捕されたり、射殺される人は少なくない。クレパスに落ちる人もいる。でも危険を冒してもチベットを去らなければならない状況にある。

ダワ君19才。アムド(青海省)出身。青海湖(ココノール)でヤクの放牧をしていた。貧しかったので小学校を中退し、ヤクや羊の世話をしていた。読み書きもできないので、もう一度学校にいってやり直したい。しかし、中国占領下のチベットではそれは難しいので、亡命した。

彼の出身地、青海湖は、1964年から、87年まで原爆実験と水爆実験が繰り返し行われていた。これまで国家の機密とされてきた第9研究所の写真。この工場は、核弾頭を接合していたところ。これは、ソ連の支援によって作られた核融合の施設。
ダワ君もそういう状況で放牧していたのだろう。
あの核施設はそのまま放置されている。86年に研究員が撤退したときは、物はそのまま置き去りに。チベット人は、珍しいものがあるから、みんな取っていった。


ダラムサラであったジャンバ・タシさん。元僧侶。94年に逮捕され、12年間監獄に。「チベットに自由を!」と叫んで張り紙をしたのが原因。彼の寺は文革で破壊。80名いた僧侶が20名に減らされた。その後、さらに12名に減らされる。そして彼はお寺のために立ち上がった。12年間でものすごい拷問を受けた。最初の1ヶ月間は1日3回の拷問。殴る蹴る、極寒のグラウンドに立たされる、電気棒を口に入れられる。全身の皮膚が剥がれるかのような衝撃がある。この写真では右目を押さえているが、拷問で棍棒で後頭部を殴られたとき、眼球が飛び出し、今も右目が見えない。

他にも凄まじい拷問の話があった。大量の血液採集。火あぶり、猛犬をけしかける、女性囚(尼僧)に対しては性的暴行、避妊手術。

ケイサン?君(6才)。亡命者の1/3は子供たち。彼の将来、チベットの未来を案じて、インドでチベットのことを勉強しなさい、とお母さんたちが送り込む。

難民の子供たちが描いた絵。チベットで起きていたことを描いている。公安がダライラマの肖像を踏み絵に使い、周りの僧侶が泣いている絵。
ヒマラヤを逃げてくるときに、国境警備隊に発砲されている絵。


今年3月一斉蜂起が起きた地点。そのとき私はダラムサラにいた。とうとう始まったと思った。
中国はダライラマが画策したというが、これだけ多くの地域で同時多発的に起こるでしょうか。これまでチベットを見てきたが、非常に不満不安が高まっていた。心の自由を奪われた人は立ち上がらざるをえなかった。

3月10日の写真。49年前の3/10。ラサを占拠する中国軍に対してチベット人たちが立ち上がった。そのときダライラマはインドに亡命。その後8万6千人のチベット人が虐殺されたと聞いている。8万人がダライラマの後を追って、ヒマラヤを越えていった。

インドでのデモの様子。彼らは難民でインドにいて、叫ぶしかできることがない。叫んでも叫んでも、心の中からわき上がってくる怒りを抑えきれなくて、少しは過激な行動に出ることもある。

これはラサで何があったのかを劇で説明しているところ。

今年の3月10日。ダラムサラからラサに平和行進隊がいく計画を立てていた。今話題のチベット青年会議がはじめたもの。インドの警察によって100名以上が拘束された。
映像をみてわかるように、興奮はしているが、暴動ではなく、平和的な行進。


7月11日に東チベットからもどってきた。
ラサは外国人は受け入れたが、他は封鎖されたまま。
私もいくつかの街を通ったが、チベット人がすんでいる街の入り口には、土嚢がつまれ、機関銃を構え、軍隊の検問がある。

ホテルのカーテンの隙間から隠し撮り。
ゾルゲ?という街。みんな黒いマスクをしている。寒いときや砂嵐のときはそういう格好をするが、今の時期こういう恰好をするのは奇妙。顔を見せられないから。

ラプラン寺。今回も大きなデモがあった。入り込もうとしたら捕まった。この写真は拘束されたパトカーの中から撮ったもの。せっかくだから一枚撮らせてくれといったら、何とかお坊さんを撮らせてくれた。

これは別のデモが起こったデゴン?という地域。2月にも大きなもめ事があった。2月に2万の軍隊がやってきて、催涙弾をチベット人にバンバン発射し、街が真っ白になった。この街でも多くの犠牲者が出た。
もともと600人ほどの僧侶がいたが2月の衝突で300名が拘束、3月の蜂起で150人が拘束された。150人ほどの僧侶が残っているはずだが、ほとんど僧侶の姿は見かけなかった。

この写真の場所、3月以降、武装警察が軍隊が夜な夜な僧侶の部屋にやってくる。ここではたくさんの証言を聞いた。30万円ほどのお金を取られた。パソコンを取られた。強盗です。僧侶たちは抗議したいが何もできない。抗議をすればさらなる弾圧を受けるだけ。

このお寺の周りを回りながら、マニ車というものを回すが、このマニ車を回しているおばあさんは、私に対してお祈りをしている。彼女が何を言ったかというと「私はもうダライ・ラマにはお会いできません。もうお会いできないのです」と繰り返し、私の前でお祈りをはじめる。しかし、外国人の私と老婆が接することは非常に危険。私のほうは直接何かされることはないとしても、老婆の方は後から公安や警察からどういった仕打ちをされるかわからない。

今回チベットで起きたことを中国は歪曲してチベット人に教育している。
中国は3月14日の暴動のことだけを言う。暴徒によって漢民族が殺された、平和的なデモではなかった、ダライ・ラマの画策だった、と繰り返し言わせている。文革時と同じようにステージに立たせて、一人一人民衆に向かって紙に書かれてあることを読み上げなければならない。その後ろには共産党員が立っている。

今回のチベット騒乱に関して、たくさんのデモが日本でも起きた。このことは私も非常に驚いている。世界中で多くの人が声をあげてくれた。しかし、残念ながらチベット内部の人たちはそういうことをまったく知らない。中国はプロパガンダで、中国の武力鎮圧は世界中の国々に評価されている、我々の判断は正しかった、とチベット人に伝えている。チベット人も実はそう思っていた。それぐらい情報統制は徹底している。

今もまだデモが起きている。四川省では拘束される僧侶が後を絶たない。その声は自由を手に入れるまで、決して止むことはないと思う。

亡命政府の発表では今回の死者は、2百?人、拘束者は5000人以上となっているが、これは身元が確認できた人のみ。行方不明者が相当数いると言われている。
今回の件で、皆が口を揃えていう。文化大革命の時代が戻ってきたようだ、と。

 

あと数回つづく
 http://tibet.blog.shinobi.jp/Entry/28/ へ続く


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地球への思いやり
チベットを救え!アジア・パシフィック・フォーラム
2008年7月2日(水)10:00-17:00、神保町学士会館

行ってきた。セーブ・チベット・ネットワークの活動は毎回素晴らしい。この組織はこれからどんどん影響力が大きくなると思う。

メモをとったので以下に内容を再現。同時通訳のためにゆっくり話すというような段取りはとられなかったので、通訳の日本語が文として完結する前に、次の文章に飛ぶということが多く、断片的にしかわからない部分が多かった。同時通訳の文章を理解するにもかなりのスキルが必要なことを認識した。
中国人の通訳も、日本語が不正確なので理解しにくかった。早稲田の石濱先生の講義はとてもよかった。先生の著書をまだ読んだことがなかったので、読んでみたい。このときの講義は、一般向けとはいえ、専門的内容であり、日本語で復唱することさえ無理な速度だったので、英語への同時通訳はおそらくグチャグチャになったと思われる。

配布された資料では、国会議員として他に、中川昭一氏、平沢勝栄氏、枝野幸男氏、山根隆治氏(麻生太郎大臣にUFO質問)が名を連ねていたが欠席されていた。都議会議員の土屋たかゆき氏、吉田康一郎氏も残念ながら欠席されていた。

以下、通訳の間違いもあると思うが、私の聞き間違い、メモ間違い、脳内変換が結構あるはず。ご容赦を。
敬称は略させていただきました。

セーブ・チベット・ネットワーク(STN)呼びかけ人
前民主党衆議院議員 牧野聖修

チベット問題は風化しつつある。今回のサミットの議題に含まれていない。明日決議文を作成し、サミットで取り上げてもらうよう働きかける。
人権問題は人類全体の問題であり、国境を越えた問題として扱わなければならない。


STN 鈴木樹代子(以前ダライラマ事務所にいた)によるダライ・ラマ法王からのメッセージ朗読。
「今日のチベットは、まさにチベットの人々の生存をかけた非常に危機的な時を通過しています。チベットでは依然として厳しい状況が続いているのです。チベット全土で行われたこの度のデモや抗議行動は、チベットの人々がチベット高原の現状に深く根ざした不満を抱いていることの明確なあらわれです。チベットを中国に同化しようとする中国の絶え間ない試みにより、チベットの精神文化遺産は失われつつあります。国際社会がチベットの人々のかわりとなって明確に意見を述べることが重要であるという理由はそこにあるのです」

チベット亡命政府外務大臣
ケサン・ヤンキ・タクラ

本来、中国はチベットと結んだ17箇条の協定により、香港と同じように一国二制度をとらなければならない。しかし、協定は守られてない。そして、中国の憲法で認められた権利を中国政府自らが否定している。
チベット人の積もり積もった憤りが爆発し、3月の蜂起となった。しかし、それも弾圧された。209人が死に、5972人が逮捕され、1000人以上が負傷し、多くの行方不明者が出た。
チベットには大量の中国人が送り込まれてくる。中国の経済発展の中で、チベット人は労働力として駆り出されている。が起きた。
チベットの環境は、アジアの他の国にとっても重要である。チベットの広大な高原は、アジアの気象パターンに大きく影響しており、アジアの貯水、給水塔の役割を果たしているからだ。チベットは地球人口の47%に水を供給している。しかし中国はダムをつくり、水を独占的に使おうとしている。アジアの他国に被害をもたらすことになる。
相互不信を解消し、チベット問題を解決することは、チベットのためだけではなく、他国にも大きな利益をもたらす。


民主党衆議院議員 外務委員会委員 松原仁

衆議院の外務委員会でチベット問題を取り上げた。
最も人口の多い中国で、人権問題が解決できるかどうかは、世界の関心事項になっている。
オリンピックの開催国として、人権問題を解決するのは当然のことである。
しかし、長野で何が起きたか。
チベットを助けたいと集まった人たちが、中国人に暴行を受けた。中国はチベット問題を真剣に対処する意志があるのか疑問である。サミットで中国に人権問題の改善を要求すべきだ。
大国が小国の正当な権利を踏みにじってよいのか。
中国はチベットでは文化的、経済的生活ができていると言うが、物質より尊いもの、精神的な文化を尊ぶ気風をないがしろにしてよいはずはない。
環境問題が深刻になる中、仏教は、これから、地球を律するテーゼになりうる。日本人は仏教徒として、チベットの悠久の歴史に思いを馳せ、協力していくべきである。

民主党衆議院議員 難民を助ける会常務理事
藤田幸久
国際NGO出身。ガンジーの孫が作ったNGOに参加。
宗教とは紛争の原因になるべきものではなく、和解のためのものである。
それを実践しているのがダライ・ラマ法王だ。
しかし、日本はダライ・ラマを避けている。(西側先進国で?)大統領、首相がダライ・ラマと会っていないのは日本だけだ。鈴木善幸が会議で同席しただけ。そのことを私は高村外務大臣に質した。

民主党衆議院議員 衆議院財務金融委員会委員長
鈴木克昌

チベット問題を考える議員連盟に所属。ダライ・ラマには二度謁見。
この問題は人類が考えていかなければならない民主主義の根幹の問題。日本人には報徳の精神があった。しかし、物質的繁栄の中で失われつつある。
チベット問題は日本人の魂を呼び起こす運動になる。
チベット問題は、アンチ中国、アンチ中国人ではない、というダライラマ法王の言葉は、人類にとって大切な想いではないか。

 

オーストラリア議会議員 チベット支援議員団発起人
ピーター・スリッパー

第二次世界大戦ではドイツがポーランドに侵入した。その約10年後に、チベットは中国に侵略された。チベットは支援するに値しない国だと見なされていた。
湾岸戦争のときは、石油の問題もあるので、世界は動いた。しかしそれだけではない。正義というものがある。チベットも本当は助けなければならなかった。
どこの国も他国を占拠する権利はない。
ドイツはポーランドを占拠する権利はない。イラクはクウェートを占拠する権利はない。同じように中国はチベットを占拠する権利はないのだ。
ダライ・ラマの対応は寛大だ。国際社会は中国とチベットの交渉をサポートする必要がある。


オーストラリア・チベット連盟代表
ポール・ボウク
15000人の団体で、フルタイムスタッフが3名いる。

中国は宗教を抑圧しており、またメディアを制限している。
ダライ・ラマが米国からゴールドメダルを贈られたことを祝ってお香を焚いても抑圧される。
2008年3月以降5000人以上のチベット人が投獄されている。彼らには十分な治療が行われていない。
今年の4月、中国はチベットでの愛国教育に力を入れはじめた。プロパガンダのビデオを見せ、「ダライラマ狂信者」にダライラマを批判させる。
遊牧民を定住させ、中国語を強要する。青蔵鉄道開通により中国人の流入が増えている。チベット人に対してまともな教育が行われておらず、チベット人の45%が文盲である。
まとめとして言えることは、中国はこれからもチベット人の人権を抑圧し続けるだろう、ということだ。

 

台湾民進党 台北市議会議員 李慶鋒(リー・チンフェン)

チベットを観光地と考えている人は多い。しかしそれは違う。
チベット人は台湾人と同じように、政治面、文化面で苦しい戦いをしている。
チベットの観光客は2006年250万人、2007年400万人、2008年は500万人と予測されている。
チベットが観光地化されて、少しはプラスの部分もあるかもしれないが、外国人に移動の自由がない。
中国で危険な観光地のトップがチベットである。チベットの砂漠化が進んでいる。21万平方キロが砂漠である。
観光地化は自然環境、文化、風習を破壊する恐れもある。漢民族の大量の移民はチベット人を少数民族にした。
チベットへの圧力は、台湾に向けられたミサイルと同様、平和的なものではない。
チベットは自主的、持続的発展の方法を考えなければならない。

 

午後

 

台湾
高雄・輔英科学大學教授 蘇嘉宏(スー・チャフン)
チベット亡命政府の選挙制度についての報告。
今は新難民や第二世代が当選している。選挙は積極的に公開。


前オーストラリア議会議員
マイケル・オーガン

ダライ・ラマ法王は地球に対しても慈悲の心をもっている。
世界人口の50%がチベットの水の影響を受けている。
しかし中国人は短絡的でチベットでは環境破壊が起きている。
チベット人は環境問題についても良いアイデアをもっている。
チベット問題は、人権問題だけでなく環境問題も考える必要がある。
我々は地球に対する慈悲心も必要だ。

民主党前衆議院議員「チベット問題を考える議員連盟」元事務局長
五十嵐文彦

チベット子供村に行ったことがある。ダラムサラについたばかりの5才ぐらいの子供を見た。頭にはコブ、血の跡があり、足は凍傷にかかっていた。お父さんお母さんがヒマラヤの国境までついて来て、子供に道を教える。
1995年、チベットに行った。あれから13年経過し、状況がますます悪くなっている。
遊牧を禁じられ、囲いの中で飼うように命じられ、ヤクが病気になる。千頭2千頭いたのが百頭に制限される。
ヨーロッパから核廃棄物を金をとって受け入れ、チベットに埋めている。
そのためチベット人に奇形児や病気が増えている。中国人には近寄ってはいけない場所が忠告されるが、チベット人には情報を伝えない。
ダライラマと1時間対話したことがある。コンパッション、思いやり、慈悲心について語っていた。人間の身体は6兆個(正しくは60兆個)の細胞でできている。個々の細胞の役割は異なるが、全体の調和が取れているから健康。細胞を人間に置き換えると地球もまた同じであることに気づいてほしい、と解釈できるような内容のお話だった。
仏教の考えは地球の調和に役立つ。だからチベットは重要である。


世界ウイグル会議日本代表、イリハム・マハムティ
チベット、ウイグル、内モンゴルの人たちは中国人から動物のように扱われている。
自分たちの言葉で自分たちの子供を教育できなくなっており、親と子供の間で意思疎通が困難になっている。
漢民族の移民が大量に押し寄せ、逆に女性を連れ出している。これらの地域には豊富な資源があり、弾圧、同化政策を続けている。
1964年から1997年まで、東トルキスタンで46回核実験が行われた。11回は地下核実験、35回は大気圏での核実験で、ウイグル人70万人が死亡した。
中国は、汚染地域から避難させる措置はとらなかったため、見たこともないような病気が増加した。中国は被爆した人たちに1円の治療費も出していない。
我々も人間の生活をしたい。それだけしか主張していないのに、多くの人が政治犯として刑務所に入れられている。
世の中に正義というものはないんじゃないか、と思っている。誰も彼らを助けてくれない。
日本は先頭に立って、活動してほしい。


内モンゴル人民党代表
ケレイト・フビスガルド

チベットはもっとがんばらなければ、今日の内モンゴルのような状態になってしまう。
中国は内モンゴルで民族を浄化した。内モンゴル大学を出ても就職ができない。内モンゴル内の中国の会社で面接を受けると、「モンゴルで教育を受けた人は中国人のような競争力がない」とされ、採用されない。自分たちの土地なのに就職できない。
内モンゴルでは遊牧ができない。環境を守るためだといい、土地を没収される。我々は小さな家に住まわされている。我々は環境難民である。
ウイグル、チベットと連携してがんばっていきたい。

牧野氏補足
この前ダライラマ法王が日本にきたときお話しした。対話と非暴力、チベット問題はチベットだけの問題ではない、中国の中にも心が通う人たちがいる、と法王はおっしゃった。
私も長野でそのことを確信した。夜明け前、チベット人が中国人に、ニイハオと挨拶すると、ニイハオと返ってきた。当日は中国人たちに暴行されるひどい状況で、私もここで言えないような激しい言葉で応戦した。しかし、リレーが終わった後は、中国人たちとお互い手を振って別れる光景があった。

ダライ・ラマ法王オーストラリア代表部事務所代表
テンジン・プンツォク・アティーシャ

1985年6月、調査団のメンバーとしてアムド(青海省)に行った。チベットの実情、チベット人の感情を調べようとした。それを調べるには我々に自由が必要だ。役人が一緒だと本当に思っていることを聞くことができない。20人もの役人が取り囲んでいるため、何も出来ない。
北京で宴席が開かれた。調査団6名中私が最年少。チベットはずっと中国の一部だったと言われた。その証拠を見せろというと、嫌な顔をされた。私が、それではチベットは中国の一部ではなかった証拠を見せよう、と言うと、宴席が大混乱した。
中国人は、13世紀以降チベットは中国の領土に組み込まれたという。それは元の時代だ。
また、唐の時代、ソンツェンガンポ王の妻となった皇女が、チベットに文化を伝えたというようなことをいう。


民進党台北市議会議員
チェン・ユウエン

長野で逮捕されたタシィさんは友人で、台湾人の半数以上がチベット人を理解し、同情している。
7月4日、台湾は中国に空港を開放する。
台湾にはミサイルが向けられているが、台湾はかつてない危機に直面している。
今年のオリンピックで中国が変化することを期待したが、変わらなかった。
中国は軍事的な圧力だけでなく、台湾のメディア(ネットの?)を大金で買い取り、中国式の考えを台湾人にすり込もうとしている。
我々は台湾のチベット化をとても心配している。チベット人は信仰心が厚い。台湾人も素直で正直の人たちが多い。
台湾ジャーヨー! チベットジャーヨー! 日本ジャーヨー! シェーシェー!


台湾民主基金研究員
「中国・アジア民主化支援世界フォーラム」理事
許文英(シュウ・ウェンイン)

チベット問題で進捗が見られない。忍耐には限りがある。ただ待つだけではダメ。
世界的人権条約が二つあるが、これを改正して、チベットの自決権の確保が必要。
そのためにも資金が必要である。
我々の基金はアジアで最初に作られた。「Voice of Tibet」というラジオ番組をサポートしている。
アジアに人権民主主義を広めるため、日本もがんばってほしい。
日本でも基金を設立していただきたい。
牧野さん、五十嵐さん、次回は当選することを願っている。


民主党参議院議員 大石尚子

祖父は孫文と出会い、革命を手伝おうとした。
他にもいろいろ話していたがあまり重要な話はなかった。


早稲田大学教授
石濱裕美子

「チベットへの私の思い」に寄せられたものを選考した。女性は心を痛めているという内容のものが多く、男性は歴史的不条理を論理的に変えていきたいというような内容が多かった。
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-entry-295.html

チベット仏教世界の歴史

写真の像、ソンツェンガンポ王は実在の人物だが13世紀から神格化。
頭に阿弥陀様がおり、観音菩薩の化身とされる。左右の像、緑ターラ菩薩と白ターラ菩薩はネパールの王女、唐の皇女。

人類が発生する前に聖なるマルポリの丘(ポタラ宮のあるところ)に観音菩薩が降臨した。
この丘はラサのどこからも見える。
チベット人は太古の昔から観音菩薩に守られた国だと信じている。
それで、その場所にあるポタラ宮に観音菩薩の化身であるダライ・ラマがいた。
観音菩薩がいないという状況は、チベット人にとってどれだけ悲しいことか。

元のフビライがチベットからパクパを招き、文字を作らせた。
元が滅びた後、チベットではゲルク派の開祖ツォンカパがチベット仏教を体系化した。そのゲルク派からダライ・ラマが出てくる。
元が滅んだ後、モンゴルではチベット仏教が衰退するが、アルタイ・ハンが再興する。アルタイ・ハンはチベットでソナム・ギャムツォと出会った。アルタイ・ハンはフビライの生まれ変わりとされ、1578年、パクパの生まれ変わりとされるソナム・ギャムツォにダライ・ラマの称号を贈った。
その後のグシ・ハンとダライ・ラマ5世も同様の関係。グシ・ハンはチベットの対立する宗派を駆逐し、チベットをダライ・ラマに差し出した。
その後、モンゴルと清の間で、パトロンの座を巡る争いがあり、清が勝利。
乾隆帝は1780年、パンチェン・ラマ4世を招聘。
乾隆帝の前世はインドの王やティソンデツェン王、やフビライと言われている。

チベットはいつも豊かな王朝の庇護のもとにあった。
今は欧米人がチベットを擁護している。人として品格のある生き方は、豊かでゆとりのある人たちが理解できる。

たくさんのチベット人が毛沢東の肖像をもって行進している写真。
文化大革命のときはお坊さんと名のつく人はいなくなった。
今も法要を行うにも許可が必要で、大規模な法要は許可がほとんどおりない。
他国から支配されたことのなかった国が、ひどい状態になっている。

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以上です。

漢民族はその自己中な性格ゆえに、仏教が肌に合わないのだろうか。もし漢民族をチベット仏教に改宗することができれば、過去のモンゴルや清とチベットの間のような関係になり、チベット問題は解決するのだろうが…。

なお、会場では小冊子「チベット半世紀の苦難」、「第3の目通信」が配布された。
「チベット半世紀の苦難」は、今年3月以降にチベット内で起きたデモの場所、デモの経緯、原因、インドとネパールでのチベット人の入植地などが掲載されている。「第3の目通信」には3月以降5月初めまでにチベットで何が起きていたのか、数多くの証言が紹介されている。


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http://tibet.blog.shinobi.jp/Entry/21/ の続き。
竹内正右氏の講演内容、以下メモしてきたことを書きます。途中で話がわき道に入ったときのものもメモしているので、話が前後つながらない部分もあります。聞き間違いがありましたらすいません。
上映された映像で、ダラムサラの雰囲気が伝わってきました。司会の田村仁氏もフォトジャーナリストで、ところどころで、竹内氏の説明の補足をされていました。

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アダーホルトは1957年からチベットのカンパ族に対して軍事訓練を行った責任者。
http://www.korean-war.com/Archives/2000/10/msg00043.html
ラオスのロンチェンベース、タイのタクリベースに集めて、沖縄、コロラド州キャンプ・ヘールへ移して訓練していた。
1960年嘉手納から飛び立ったU-2がスベルドルフスクでソ連に撃墜され、チベットへの支援を一旦中止。このとき14000人のカンパ族を投入していた。補給が途絶えて、餓死者、凍死者が出ている。
その後、1971年にキッシンジャー、ニクソン訪中で米中国交樹立、カンパ族に対する補給がなくなる。ネパールが中国寄りになり、チベット武装勢力を1970年代半ばに武装組織の抵抗運動が終わる。

1959年のダライ・ラマ脱出の際、アメリカ人アントニー・ポー(Anthony A. Poshepny)が協力していた。チベットからネパールに毎年1200人1300人ぐらい脱出してきていたが、今年3月以降は3,4人しか成功していない。

ホーチミン・ルートの9割はラオスを通る。ここに米兵を投入すると犠牲が大きくなるので、モン族を使う。まだ7000人ラオスに残っている。兵士が2000人で残りが非戦闘員。
モン族については、1999年毎日新聞社から「モンの悲劇」が出ている。
雲南省に住んでいたモン族が中国の弾圧で南下。中国ではミャオ(苗)族と呼ばれている。ミャオというのは野蛮人という意味で、ビルマやタイでもメオと呼ばれている。ラオス・ベトナムでは、モンと呼ばれている。


映像の解説
・ダラムサラでのラサ蜂起41周年のダライ・ラマの演説の映像。
・チベット子供村の子供たちの様子。少年少女、若い尼僧が「パンチェン・ラマを返せ」デモをやっている。ダラムサラは1900mの高度にあり、元イギリスの植民地だった。
運動場で子供たちがチベットの悲劇と希望を描いた演劇を行う。たくさんのクロクビツルの仮装をする子供たち。足は竹馬になっている。クロクビツルはチベットにたくさんいたが、中国人による環境破壊と乱獲で今は5000羽程度しか残っていない。様々な動物を描いた布をもっている子供たちもいる。ドクロのマークの横断幕(中国を意味する)が入ってくると、動物たちが逃げ出す。それからドクロが燃やされ、運動場の中央に大きなチベット旗が翻る。

・ナムギャル寺でのチベット女性連盟の集会の映像。チベットでの犠牲者への追悼と、戦士アデさんの演説。この女性は戦車に立ち向かっていき、逮捕され、労働改造所を転々とした。99年来日している。

・タンカ(仏画)を習っている青年たちの映像。チベット本土ではそういうことができない。

・義足の青年たちへのインタビュー。足、指のない青年たちが多い。山越えのための装備もないので、凍傷にかかる。厳冬期でないと歩哨に見つかりやすく、また川が凍結して渡りやすいので、その時期に逃げてくる。凍傷だけでなく、滑落する人も多い。

 

・ダラムサラに再建されたノルブリンカ宮殿(設計者は日本人中原)。ダライ・ラマ脱出のときは、大切なものを持ち出せなかったが、その後、いろいろな人が持ち出してきていた。

・臨時学校の様子。各国の支援でドミトリー(寮)が建設された。中国は残された両親に、子供を戻せと強要している。校長は以前武装組織に加わっていた。昼食の準備でチベットの餃子モモ。チベット旗の中央の黄色い丸の中にダライラマの絵がある。学校は粗末で、屋根はトタン。天井の扇風機が回っており、暑そう。

・チベット歌劇ミラレパの映像。観客多数。2000年10月14歳のとき逃げてきたカルマパ17世を、歌舞団が迎える。白人の幼い子供の僧もいる。ダライ・ラマはカルマパに「危険を冒してよくここにきてくれました。ミラレパはカルマパには難しかったのではないか。このように伝統舞踊を守ってくれている方々に感謝している。


スライド解説
・89年北京、天安門事件で炎上した装甲車の残骸の写真。時間的にはチベット蜂起が天安門より先に起きている。89年1月にパンチェン・ラマ10世が死去。胡錦涛の前で共産党批判の演説を行った数日後である。3月ジョカン寺前で大規模なデモがあり、3月7日に戒厳令。この時の業績で、胡錦涛が鄧小平に中央委員に抜擢された。
・黒こげの成都の循環バス。
・ポタラ宮前の公園。有料になっている。
・ラサのキチュ川の貯木場。伐採された木がたくさんつまれている。日本にも輸入されている。高山の木は植林が困難。
・ポタラ宮前に展示されたMig15(竹内氏はMig19と話していたがMig15だった)。チベット軍掃討に使用された。
・ポタラ宮前の五星紅旗。撮影の1カ月後、タシ・ツェリンが中国国旗を引きずりおろし、チベット旗を揚げようとして逮捕された。
http://tibet.turigane.com/deathcase.html
以前は旗の位置に、木があった。
・ポタラ宮の最上部に五星紅旗。
・ポタラ宮上部から撮影。ポタラ宮の前に、ショルという職人たちの住まいがある。今は、ショルは取り壊されて、革命博物館になっている。解放前のチベットの酷さや、中国がどれだけチベットに貢献したか展示されている。
・?寺 銃撃で、26体の死体が運ばれるのが目撃されている。オーストラリアのブラウン議員が中国に質問しているが返事なし。
・デブン寺の壁に書かれた毛沢東の絵。「偉大な領袖、偉大な舵取り毛主席」と書かれている。正面から見ると立派だが、中は文革で破壊されたまま。
・ジョカン寺。寺内を人民解放軍兵士が巡回している。ダライ・ラマの写真がはがされた跡がある。僧侶は愛国教育を受け、反対すると追放させられる。第2次文革が進行中。
・ガンデン寺。ゲルク派の拠点。来年600年だが、ほとんど破壊されている。中央部分だけきれいに修復されている。観光客のため。僧侶の修行ができる場所ではなくなっている。

 1972年にチベットで大地震があった。このときは凶作で3回目の飢饉。この秋も飢饉が起きるだろう。農民に無理難題。ダライ・ラマの写真をもっていたら、大麦を植えさせない。射殺しても家族に遺体を渡さず、焼却して証拠隠滅する。

・ジョカン寺の中庭。第5ゲストハウスと呼ばれ、人民軍用養豚場となっていた。あちこちから仏像をあつめて破壊して、ここに山積みにした。
・シガツェのタシルンポ僧院。数年後シガツェまで鉄道が延びる。パンチェン・ラマ(ノルブ)が日本製の車で入ったが、シールが貼ってあり、撮影できなかった。
・初代チベット王、ソンツェン・ガンポ王の墓の写真。漢字で「蔵王墓」と書かれている。観光スポットになっている。中国の小学校の教科書には、チベットに嫁いだ唐の皇女がいかにチベットに文化をもたらしたか、ということが書かれている。
・97年始めてダライラマが台湾訪問したときの写真。台湾には50万人のチベット仏教徒がいる。今後台湾ではスノーライオン旗に対する締め付けが始まるだろう。
・5/6、5/8の神宮、早稲田でのデモの写真。早稲田は胡錦涛の出身大学精華大学と提携している。


最後のお話

お寺を追放され、凄まじい数で僧侶の自殺が増えている。
トンコル村では30人が射殺された。
チベット最大の仏教学院があるセルタルは、党、統一戦線からお金をもらった入植者が破壊して入植。
もともと核兵器関連施設はココノール湖付近に集中していたが、ソ連からの攻撃に対して脆弱なため、四川に移した。
チベット内は収容所がたくさんがあるが、今回、青蔵鉄道で、逮捕したチベット人が各地の労働改造所に運ばれた。震源地付近に4個所労働改造所があり、百数十名が連れてこられた。
労働改造所はソ連の監獄制度を参考にして作ったものである。今回の地震の被害者は8万人と言われているが、労働改造所にはその数倍がいただろう。
中国の~農場は労働改造所のこと。ダプチ刑務所は大工場になっている。
チベットの地名が中国語に改められて、解放路とか北京路になっている。
チベット人はインドの戦争に使われている。バングラデシュとの戦い。カシミールを守っているのは2万人のチベット人。

参加者からの質問「外国の支援を最初断って、その後受け入れたのは、何かを隠すためだったのですか」に対して、放射能が漏れたかどうか確認していたのかもしれないし、労働改造所=偽装農場からの脱走者が大量に出て、落下傘部隊を背後に降下させて、殲滅したのかもしれない、武器を奪われたら危険だから、と回答。

最近の情勢を見ていると、50年前の世界が戻ってきたように感じている。
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竹内氏の話の長年の現地取材に基づいた貴重な話をたっぷり聞かせていただいた。価値観を含む言葉をほとんど使わず、淡々と事実のみをお話になる。こいつがひどいことをしている、というような話はいっさいしない。そして竹内氏がサラッと話されたことが実際はものすごく重い話だったりする。
マスコミはつっこまないけれど、四川大地震の中国の被害の発表は、震源の東ばかりだったが、西はどうなっているのか気になっていた。竹内氏は、四川大地震での死者8万人の数倍の囚人があのあたりにいる、と話していたが、地震で死亡した囚人たちは死者にカウントされていないのだろう。3月のチベット蜂起でも、中国はチベット人の死者をカウントしていなかったので、チベット亡命政府の発表と大きく食い違っていた。
収容所が倒壊して囚人が脱走した場合、その人数は非常に多いことが予想され、中国当局は、地震直後に現地に派遣した部隊に、逮捕ではなく射殺を命じていたのではないか。

労働改造所が農場や工場となっているというお話、中国製品の価格競争力の秘密は、大量の“囚人”という名の奴隷を使っていたからだったのか。我々日本人が100円ショップ等でありがたがって買っている安い中国製品、何のことはない、安い分は、囚人たちの命で埋め合わせられていたのだ。

中国はチベットを侵略し、金目のものは収奪し、チベットの自然、資源、伝統文化は金儲けのためだけに利用してきた。そして、中国の人権蹂躙に反対する人を逮捕して、無報酬で労働させ、外貨を獲得してきた。これは現代の奴隷制度であり、中国では奴隷が経済に組み込まれていることになる。

だが、日本はそれに対して何の苦言も呈さない。それどころか、日本は、中国に力を与えて中国の犯罪に協力してきた。日本は軌道修正しなければならない。


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今日、早稲田奉仕園で行われた、竹内正右氏チベット現場報告 第1弾「チベットが消される」に行ってきました。

内容は次の通り。
http://www.hoshien.or.jp/class/asian-tokubetsu.html
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フォトジャーナリスト竹内正右氏が、撮影写真とビデオ映像により、この20年間チベットで起きていることを証言します。

 
■ 講演内容
1970年からインドシナ戦争を取材し、ラオスのビエンチャン陥落の歴史的瞬間を記録。その後もスリランカ暴動(83年)、ベトナム軍のカンボジアからの第一次撤退(83年)、フィリピンのアキノ暗殺(83年)、マルコス政権崩壊(86年)、ビルマ・クーデター(88年)など一貫してアジアの現場を追い続ける竹内正右氏が、中国の天安門事件(89年)、戒厳令下のチベット(90年、99年)から、ダライ・ラマを追った台湾(97年)、インドのダラムサラの取材(98年、2000年)等、20年間チベットを追い見続けたことを報告します。

上映映像:ラサ蜂起記念集会、パンチェン・ラマ11世ニマ少年釈放要求デモ
       チベット内での犠牲者追悼、抗議集会(2000年3月)
       僧侶、児童らの描くチベット人間地図、
       カルマパ17世脱出(チベット内よりダラムマサラへ)(2000年1月)
上映スライド:天安門事件(北京、成都)(1989年)
         戒厳令下のチベット、ラサ、ツェタン(1990年)
         ダライ・ラマ14世初の台湾入り(1997年)
         ラサ蜂起39周年集会(1998年)
         チベット自治区内の破壊された寺々(1999年)
         パンチェン・ラマ11世(中国政府擁立のノルブ少年 西部シガツェ)
         「小北京」化するラサの街
         盗伐される高山の木材
         チベット最大のダプチ収容所
         カルマパ17世(カギュー派)脱出       
     

 
■ 講演者より 1950年10月、旧ソビエト空軍はチベット侵攻する中国人民解放軍に武器、弾薬、食糧をパラシュート投下していった。スターリンと毛沢東の密約であった。この為、チベット軍部隊とその家族たちが空爆や掃討作戦で幾度と大量虐殺(ジェノサイド)された。1959年からの「民主改革」、1966年から10年余に渡る「文化大革命」は、チベット全土を人民公社化し、チベット人を「社会主義民族」化させた。また、6000余の寺が破壊され、盗まれた黄金仏像は中国本土に運ばれ金塊に化けた。チベット人の主食の大麦が強制徴収された為、30万人余りが餓死している。

それから60年。2008年3月14日、平和抗議デモに参加の僧侶、市民は武力鎮圧された。200余名が亡くなり、6000名余りが拘束され、チベット最大のダプチ収容所、青海省、甘粛省、四川省の「労改ー強制労働収容所」へと送られている。チベット全土で、今再び「愛国教育」が強要され、寺が破壊されだした。文化、宗教破壊の「第二次文革」が進められている。

ー竹内正右がこの20年のチベットの現場で生じていることを証言する。-
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資料として配布されたのは次のもの。

チベットの詳細な地図
月刊日本2001年6月号 チベットレポート第17弾 ブラックホール 竹内正右
チベット人部隊を組織したアダーホルトの話
http://www.korean-war.com/Archives/2000/10/msg00043.html
カム、トンコルで武装警察に銃撃された人たちの写真
http://www.tibetcustom.com/article.php/20080417113747386
消されるダライ・ラマの写真
http://www.savetibet.org/news/newsitem.php?id=1302


特に興味深かったお話は、チベットとインドシナや朝鮮半島の出来事が全部リンクしているということだった。明日の18:10にNHKで、最近チベットからの脱出に成功した少女の話をやるんじゃないか、ということをおっしゃっていたので、録画しておこう。

講演の詳細は次回書きます。

 


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今日、港区の国際文化会館で行われた、緊急セミナー「チベット問題と五輪の行方」に行ってきました。道に迷い、交番で聞くと、すでに何人も道を聞きに来ているそうで、いったい何があるの?と聞かれ、説明しました。交番で道を聞いても迷いましたが、雨でずぶ濡れになりながらも間に合いました。

雨が降っているにもかかわらず、会場は定員80人を上回る超満員で折りたたみ椅子がたくさん用意されていました。女の人の方が多く、ハーブとかポプリとかに凝っていそうな感じの人が多い。僧侶の方も何人か見えられていました。

予定の2時間というのは短くて、若干時間をオーバーしましたが、もっと時間をとってくれたほうがありがたかったなぁ。
メモをとってきたので、概要は下に書きます。かなり端折りましたが長いです。



岐阜女性大学南アジア研究センター
緊急セミナー「チベット問題と五輪の行方」
18:30~20:40

司会:福永正明(南アジア研究センター センター長補佐・客員教授)


■ペマ・ギャルポ(南アジア研究センター センター長・名誉教授)
基調講演

チベット人は、人間の肉声にも魂が宿ると考えているので、マイクは使わない。これからする話はあくまでチベット人の立場から見た話で、別の見方も当然ある。
チベット問題は過去45年あった。急にチベット問題が出てきたわけではない。日本でチベット問題があまり知られなかったのは、中国の専門家がチベット問題を語っていたため。


1950年に中国は4万人の軍隊をチベットに送った。
名前が出てこないが田原総一郎の番組に出ている中国人(朱建栄?)が、有史以来チベットは中国領、チベットには100万人の農奴がいて、平均寿命38歳だったが、中国はそれを解放した、と言ってる。実際は、元(モンゴル人)と清(満州人)のときに、チューユン(寺と檀家)の関係にあっただけ。
英国は英露協商でロシアの南下を防ぐために、チベットの宗主国は清であることを承認した。
1910年、清はチベットに軍を送ったが、1911年の辛亥革命で清は滅ぶ。
ダライ・ラマ13世は軍隊の必要性を認識し、当時戦争が強い国は、ドイツ、イギリス、日本。矢島保治郎がチベットの軍事顧問となった。

中国は、1959年までに、17箇条の条約をことごとく破っている。
高僧、貴族、中国に招待されると、帰ってこない。
3/10というのは、1959年のその日、ダライ・ラマ法王が中国側から護衛なしで劇を見に来いと誘いがあった。ダライ・ラマには近衛隊がいた。号令だけは日本語(キヲツケ、ヤスメ)。ダライラマが殺されると思った民衆がそれを阻止した。それが3月10日。

79年、鄧小平は、独立以外のことは何でも話し合うと言った。ダライ・ラマ法王は今も鄧小平との約束を守って独立は主張していない。79年から6回、チベットの代表団が中国に行っている。私は第2回のときに3カ月行ってきた。胡耀邦は、80年5月、チベットの現状を見て、59年より悪くなっていることを認めて謝罪、80%の中国人を引き上げると言った。胡耀邦が失脚する87年まではよかった。

今年の3/10は何が違ったか。いつもと違う点が4つある。
1. ダライ・ラマは米連邦議会からゴールドメダルを贈られた。そのお祝いをして捕まった僧侶の釈放を要求。
2. 鉄道が開通して、年間400万人も訪れるようになった。中国人がどんどん入ってくる。ラサは今、チベット人12万人、中国人23万人。売春宿が100軒以上ある。地下資源の問題もある。そういう搾取に対する反発。
3. 2001年中国でオリンピック開催が決まったとき、人権が尊重されるはずだったが、そうではなかった。
4. チベット人の聖地を冒涜しようとしている。マスコットのうち2つはチベットの動物。パンダは厳密には中国のものではなく、チベットの動物。

非支那人の領土は63%。漢民族の土地は37%。
中国では自治区というのは自治がなくて植民地という意味。
このままではチベットは消えてしまう。満州は消えてしまった。内モンゴルは、モンゴル人と中国人の比率は2:8。ウイグルでは毎年、12~19歳が数千人規模で、家畜のようにトラックに詰め込まれて連れ去られている。北朝鮮の拉致の先生は中国。
中国は憲法で宗教を認めているが、(共産党の)教育を妨げるものはダメ。健康を害するものもだめ(座禅で足がしびれる)。秩序を乱してはダメ。結局高度な自治というのは絵に描いた餅になると思っている。

地震の犠牲は痛ましいが、これは限定的な問題。中国の今後はもっと大きな問題。中国では3億人が極貧生活を強いられている。経済が破綻すれば、数千万人単位の難民が外国に押し寄せる。



■笠井亮平(南アジア研究センター研究員、青山学院大学大学院生)
「チベット情勢をめぐる国際的側面」

独仏英米日露、各国の対応について説明。
アメリカは、4/23に上院が公聴会開催。結果をもたらすにはどういう対話が必要かが議論されている。ブッシュは開会式にいくのなら、チベットを訪問すべき。
日本はこれまでチベット問題を話すことはなかったが、外相、外務省は、言うべきことは言っている。だが具体的に何をすべきか、ということは言っていない。
ロシアは中国支持。ロシア人議長、安保理でこの問題を討議しない。



■辻康吾(現代中国評論家)
「『大国』としての中国」

テロといえば、ウイグルを連想する。
山東省列車正面衝突。上海のバス事故。女性によるハイジャック未遂。

法輪功は平和人権リレーをやっているが、何かありそう。
家庭教会。キリスト教。認められていない。1000万人ぐらいいる。ラジカルな団体ではないが、片っ端から牢屋に入れられている。

今回のチベット問題は、坊主の態度悪いからやっちまえ、で始まったが、こうなるとは誰も予想していなかった。
北京の中央民族学院で座り込みがあった。説得されて解散した。彼らは、チベットの共産党エリートで、将来チベットの指導者になるはずの学生。よほどの覚悟がないとああいうことはできない。驚いた。

中国人は、チベットのために金を使って豊かにしてやったのに、と思っている。
元軍人のインテリは、もう面倒だから、独立さえちゃえ、とまで言っている。
これは帝国主義、大国主義が陥るワナ。経済発展は別の問題。だから、厚遇されているはずの学生も座り込みをやる。

チベット問題は中国が変わらなければ解決しない。
文化大革命、自然災害で4000万人以上の中国人が死んでいる。今回の地震の被害はそれに比べれば微々たるもの(で影響はあまりない)。

中国は大国になりたがっている。
「大国堀起」というドキュメンタリーが中国で放送された。日本も大国に入れてもらっている。南京事件などはまったく出てこない。大久保利通の政治決断や渋沢栄一を高く評価。
しかし、中国は「ダライラマはケダモノだ」とか西側メディアは嘘つきとか言っているが、そういうことをいうとどう見られるのか考えていない。
とうしょうへいの決断で、近代化の格好はついてきたが、ソフト的な面がダメだと、本当の意味で大国扱いしてもらえない。中国のやり方は世界に受け入れられない。

100年ぐらいでは中国は変わらないだろう。
北京の故宮の額には、4カ国の文字で書かれている。共産党になって露骨に漢民族主義になった。唐はペルシャ系じゃないかと言われるほど、多民族的だった。
東大寺にはペルシャの女性がやってきている。中国がそれを復活できるかどうか。
孔子と餃子だけが中国ではない。


■補足

ペマ・ギャルポ

中国はチベットでの問題は全部文革のせいにしているが、文革は57年からでチベットでの暴圧は50年から始まっている。私の二人の兄は殺された。一人は射殺された。幸運にも即死だった。もう一人の兄は餓死させられた。最後は自分の排泄物を食べたという話を聞いた。

中国は覇権国家になりたがっているが、中国は外に頼らなければならない仕組みになっている。資本は外国、技術も移転されたもの。追い出したら困るのはお互い様。

中国が対話の席についたのは国際世論のおかげ。継続的に監視し続ける必要がある。南アフリカのように変えられる。


辻康吾

中国指導部の統治能力が落ちている。餃子問題は中央がさっさと謝って片付けようとしたが、現場ががんばってしまった。
良識的な国際世論だけでは、チベット問題は解決しない。北京に思考能力がない。


■質問と回答

ペマ・ギャルポ

・ダライ・ラマ側と中国の会談の内容は?
今回死者230人、逮捕1000人以上出ており、外出禁止令のために食料が得られないことを抗議。中国は、各国にアピールするなどダライラマ側に誠意がないと責任転嫁。
ダラムサラが今回の会談で評価しているのは、次の会談で、以前からの議論の継続が決まったこと。

・パンチェン・ラマ問題は今どうなっている?
7歳で国家反逆罪。チベット仏教の転生者であることが罪。外国がこの問題を正しても、中国は、元気でやっている、面倒を見ている、と言うだけ。実際はどうなっているかわからない。
偽パンチェン・ラマは世界の仏教界にこの前デビューした。あまり歓迎されなかったようだ。私は彼は高い人格の方だと思う。そういう運命に生まれたから。そういう彼にはとても同情している。

・ダライ・ラマ15世について
法王は、共産主義のもとでは絶対生まれない、白人かも黒人かも、女性かもしれないと話している。それまでに、チベット人が直接選んだ人に権限を委譲、セミリタイアする。摂政を決めるかもしれない。

・靖国問題について
平和五原則で、お互いに干渉しないことになっているのだから、日本は突っぱねるべき。国際慣習では、敵であっても、花を添えるのは礼儀。中国首脳も靖国に行くべき。ダライ・ラマも靖国に行っている。

・国連のジェノサイド条約について
国際司法委員会は、中国による計画的組織的大虐殺があったと述べている。

・テロについて
中国はテロリストアレルギー。何でもテロに結びつけたがっている(ウイグルの少女。バス爆発事件等)。
長野で捕まったチベット人も、中国はテロと関係づけようとしている。


辻康吾

質問は不明

中国人は、地震のおかげでチベットの影が薄くなったとホッとしたと言ってる。
天安門では公式には300人の死者だが、3000人だろうと言われている。実際は、家に帰って死んだ人もいて、トラブルを避けて、庭に埋め、旅行から帰らない、行方不明者になっているケースがあり、実数はよくわからない。




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