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今日、日比谷公会堂で「金正日はすべての拉致被害者をすぐに返せ!国民大集会」があった。
ネットにいくつか動画がアップされているが、アクセス数がとても少ない。先週の外国人参政権反対集会の動画と全然違う。でも、拉致問題も領土問題も、外国人地方参政権の問題も、根は同じ、国家意識の希薄化。意識の向かう先は違っても、問題意識は同じ。拉致問題の解決に関心がないわけではないと思う。
重要なのは、金正日が死亡したときの混乱時に、国家としてどう行動するのか、だけれど、計画はあるのだろうか?北方領土も、ソ連崩壊時にうまくやれば取り返せたと思う。
民主党は北朝鮮と取引して、選挙前に拉致被害者を何人か帰してもらうんじゃないか、という話が流れているが、そうなったら、ノリピー騒ぎどころではない、その報道一色になって、選挙の争点が吹き飛んでしまう。でも、民主党もマスコミも体質的にやりかねない。
奇しくも今日はパンチェン・ラマ11世(ゲンドゥン・チューキ・ニマ青年)21歳の誕生日。
わずか6歳で中国に拉致されたチベット人だ。
侵略した国の6歳で幼児を、政治的な理由で家族もろとも拉致したまま、今も行方がしれないまま、という異常な状況を、メディアが全然報じない、という異常な状況に、我が国はある。
■パンチェン・ラマ11世の無事を祈り、解放を要求する人々
■参考
パンチェンラマ11世死去説の怪
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/1009115/
ゲンドゥン・チューキ・ニマは生きている?
http://megalodon.jp/2010-0425-2151-29/paike.people.com.cn/j.people.com.cn/content.php?id=351
上記ページ、魚拓とりました。編集のKM氏は意図的にやったのか? 粛正されなければよいが…
史上最年少の政治囚・パンチェン・ラマ11世
http://tibet.blog.shinobi.jp/Entry/81/
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今日テレビを見ていたら、上海万博、北京のモーターショーと景気のいいニュースが流れていた。
チベットやウイグルの問題はもうはるか彼方に消えてしまったかのよう…
ダライ・ラマ法王事務所が今回の地震の募金を呼びかけています。
わずかで申し訳ないですが寄付させていただきました。
玉樹(ケグドゥ)地震に関する募金のお願い
http://www.tibethouse.jp/news_release/2010/100421_bokin.html
■参考
グーグルマップで地名のところに N33.27E96.63 をコピペすると震源地が表示されます。
山間部で、解像度がひくいため、集落らしき土地はわかっても住居は判別できず。
以下のブログが情報が整理されていて見やすい。
被災地の生々しい写真を多数掲載したサイトも取り上げられている。
チベット東部大地震に心が痛む
http://heike.cocolog-nifty.com/kanwa/2010/04/post-f7bd.html
チベット東部大地震、続報、の巻
http://heike.cocolog-nifty.com/kanwa/2010/04/post-d8c1.html
中国は人的支援不要、資金援助要求、その使用目的は高原エコ観光都市…
かの国で募金がまともに使われたことがあるのだろうか?
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2008年3月10日のチベット蜂起から2年が経過しました。
あのとき、中国は外国(の政府というより一般市民)から非難を浴びましたが、時間が経つにつれて沈静化。去年、ウイグル人に対する弾圧が報道されるとまた批判が再燃しましたが、それもまた時間が経つと沈静化。
中国がどんな非人道的なことをやっても、放っておけば何事もなかったかのようになってしまいます。
そろそろまた中国は何かやらかすでしょう。
今メディアは、餃子キャンペーンを熱心にやっています。毒餃子事件で失墜した餃子および冷凍食品の信用を、おいしそうな餃子、評判の餃子を大量にメディアが取り上げることで回復し、同時に、中国からの輸入を回復させることが目的なのでしょう。
それから、特にNHKとTBSは、中国の名所を取り上げる番組を頻繁に流しています。
日本のメディアは、外国の宣伝工作機関として、いいように利用されています。
もっとも、日本の政府自体が、国防の意識が希薄なため、隙だらけで、そこを外国につけ込まれているのだから、愛国心などない企業を操ることなど、簡単なことなのでしょう。
それでは、ダライ・ラマ日本代表部事務所のサイトにあった、チベット蜂起51周年についてのダライ・ラマ法王のメッセージを全文紹介しておきます。
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/uprising51st.html
本日は、1959年にチベット民族が中国共産党の弾圧に対する平和的蜂起を行なってから51周年の日であると同時に、2008年3月にチベットで平和的抗議が行なわれてから2年となる特別な日です。この機会に、チベットのために命を捧げたすべての人々に敬意を表すとともに、今なおチベットで続いている弾圧が一日も早く終わりますよう祈りを捧げます。
チベット民族は何十年にもわたって弾圧に直面してきたわけですが、にもかかわらず、勇気と決意を貫き、チベット人としてのアイデンティティやチベット文化を残そうとしてきました。今日(こんにち)、チベット人の新しい世代がチベット問題に取り組んでいます。このような事実に、じつに元気づけられています。そして、今なお恐怖と弾圧に耐え続けているチベット民族の勇気を褒め称えたいと思います。
いかなる情況におかれていようとも、多民族国家のなかで平等・調和・統一を守っていく責任が全チベット民族にはあります。同時に、チベット民族としてのアイデンティティや文化も守り続けなければなりません。チベット地域では、多くのチベット人が党・政府・軍隊の責任ある職を得て働いており、彼らなりにできる方法でチベット民族を助けています。我々は、彼らが多くの前向きな取組みを行なってきたことを理解していますし、チベットが名実伴う自治を得たそのときには、引き続き彼らが責務を全うするものとかんがえています。
繰り返し申しますが、チベット問題が解決したときには、私はいかなる政治的地位に就くつもりもありませんし、チベット亡命政権のメンバーがチベット本土の政治的地位を掌握することもありません。これについてはこれまで繰り返し明言してまいりました。亡命チベット人の状況および亡命チベット人が目指しているところを理解してもらうため、私は、チベット自治区のさまざまな地域からチベット人の役人を招聘し、自由のある国で暮らしている亡命チベット人を訪問してもらっています。仕事であれ、プライベートであれ、自分自身の目で亡命チベット人の生活を見てもらいたいからです。
亡命チベット人は、独自の文化や精神的伝統を守り、育くんできました。それが同時に、チベット問題を自覚することでもあったのです。我々亡命チベット人は、子どもたちに現代教育を受けさせることができましたが同時に、伝統的価値に沿って子どもたちを養育することができたのですから、他民族の難民と比較しても幸運であったといえるでしょう。
さらに、四つの主要なチベット仏教学派とボン教の本部も亡命下にあるため、宗教の研鑽を積むためのさまざまな教育機関を再構築することもできました。これらの教育機関では、1万人を超える僧侶や尼僧が自由に勉学に励んでいます。チベット本土から亡命し続けてくる僧侶、尼僧、生徒たちがただちに教育を受けられるように、我々は常に体制を整えてきました。いま、チベット仏教は、東洋においても西洋においても先例がないほどの広がりを見せています。このことは我々に希望を与えてくれます。チベットの歴史上もっとも危機的な状況におかれている我々の、大きな慰めとなっているのです。
現在、中国指導部はチベット本土の多くの僧院において愛国再教育キャンペーンなどさまざまな政治キャンペーンを行なっています。中国指導部は、僧侶や尼僧から仏教を学び実践する機会を奪い取り、牢獄にいるような生活を強いています。そのような状況から、僧院は博物館のようになっています。チベット仏教を滅すべく意図的に行なわれていることなのです。
チベット文化には慈悲と非暴力という仏教の価値観が基本にありますが、これは中国人をはじめとする世界中の人々の価値観ともいえます。ゆえに我々チベット人は、物質的発展のみを願ってはいけないのです。そしてこれが、チベット内外のチベット人が現代教育と同様に我々の伝統的な価値観を後世に伝えていくことが大切である、と私が申し上げる理由です。とりわけ、できるだけ多くのチベット人の若者がこの分野の専門家になってくれることを期待しています。
あらゆる国の人々と友好な関係を持つことが大切であるのと同様に、チベット人同士が友好な関係を持つことが大切です。チベット人同士が争ってはいけないのです。いかなる相違があろうとも、忍耐と理解をもって解決するよう、私は、本気で呼びかけさせていただきます。
中国政府が認識しているかどうかはべつとして、チベット本土では深刻な問題が起きています。周知のように、チベットには膨大な数の中国軍が駐留し、旅行できる地域が制限されているという事実がその証拠です。これは中国・チベット双方にとってよいことではありません。ですから我々は、全力を尽くしてこの問題を解決しなければなりません。
私は、30年以上にわたって、チベットと中国の双方にとって有益となる中道政策を通してチベット問題を解決すべく、中華人民共和国との対話に入れるよう最善を尽くしてきました。中華人民共和国の憲法と自治法に則するかたちでチベット人が望んでいるところを明確に示してきましたが、残念ながら、具体的な結果は得られていません。現在の中国指導部の態度から判断するに、早急に結果を得られる見込みはほぼありません。それでもやはり、対話を求める我々の姿勢に変わりはありません。
中国・チベット双方にとって有益となる中道政策ならびにチベット人の苦闘に対する理解は、米国のオバマ大統領をはじめとする政治家や宗教家を中心に年々高まっています。非政府組織、国際社会、なかでも中国人有識者が我々を支援してくださっていることを、じつに誇りに思います。このことは、チベット問題というものが中国人とチベット人のたんなる争いではなく、中国共産党指導部の極左政策に起因する問題であることを明らかにしています。
2008年にチベットで平和的デモが行なわれて以来、中国内外の中国人有識者の手によって800件以上のチベット問題に関する記事が書かれました。私は、海外を訪問するたびに、どこへ行っても中国人と面会します。有識者や学生が中心ですが、彼らは真のおもいやりと支援の気持ちを示してくれます。中国・チベット問題は最終的には双方で解決しなければならない問題です。ですから私は、双方が理解しあえそうな機会がある度に中国人に歩み寄るようにしています。どこにいようと、チベット人は中国人と友好関係を築き、チベット問題の真実とチベットがおかれている現状を中国人に知ってもらえるよう努めることが大切だと思います。
苦難の末に弾圧が増した東トルキスタンの人々のこと、自由の拡大を求めて立ち上がり、懲役の実刑判決を受けた中国人有識者たちのことを思い起こしてください。私は、彼らと共に断固たる決意で立ち向かうことを表明したいと思います。
13億の中国人が自国や世界中で起きていることに関する情報にアクセスする自由を得ることは、表現の自由や法治と同じくらいに大切なことです。中国内部で透明化が進むならば、信頼も増していきます。そしてこの信頼こそが、調和・安定・発展を促進していくうえでの土台となるのです。
私は、チベット民族の代弁者として、チベット民族の根本的な要求を中華人民共和国のリーダーに繰り返し伝えてきました。しかしながら中国指導部には前向きな反応が見られず、私は失望しています。中国指導部は強硬路線にしがみついているかもしれませんが、国際社会を舞台に起きている政治的変化や中国の人々の物事の見方が変わってきていることから判断しますと、真実が明らかにされるときがかならず来ます。それゆえに、だれもが辛抱強く諦めないことが大切なのです。
温家宝首相が国家人民代表大会の席で繰り返し述べられた、今後の発展に向けて全チベット地域で一律に政策を実施するとする第五回チベット工作座談会における中央政府の決定を、我々は認めています。これは、我々が繰り返し表明してきた願いとも一致するのです。全チベット地域が単一の行政システムによって統治され、平等に政策が施行されることを我々も望んでいます。同様に我々は、チベット地域において、とくに遊牧・農耕地域においてこれが実施されていることを高く評価しています。しかしながら、このような発展が我々の尊い文化や言語、さらにはチベット高原の自然環境を害することがないよう常に警戒していく必要があります。大河の源流を持つチベット高原の環境破壊は、アジア全域の安寧に関わる問題でもあるからです。
この場をお借りして、世界各国のリーダー、有識者、一般市民、支援グループのみなさま、ならびに中国政府の弾圧があるにもかかわらず真実と正義を胸にチベット問題を支援し続けてくださっているみなさまに、こころから感謝の念を捧げます。とりわけ、インド政府、インド各地の州政府、惜しみない支援の手を差し伸べてくださっているインドのみなさまにこころから謝意を捧げます。
最後に、生きとし生けるものすべてのいのちの幸せと安寧を願い、祈りを捧げます。
ダライ・ラマ
2010年3月10日
(翻訳:小池美和)
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今はなき「諸君!」2008年12月号の特集は「任せていいのか、小沢一郎に」というものでした。民主党が政権を取る、10か月ほど前に発売された号ですが、小沢の人間性がよくわかるエピソードがたくさんでてきます。
最近の小沢の傲慢不遜な言動は、その人間性からきているという点で、一貫しています。
その特集の中の、佐々淳行氏の記述から一部抜粋します。
威張る、叱る、まぜかえす。人格的に評価できない
初代内閣安全保障室長 佐々淳行
1987年11月、竹下内閣が樹立、小沢官房副長官が着任した。
中曽根前内閣で新設された筆者ら内閣の五室長との初会合の席上、小沢副長官が初めから怖い顔で「皆さんは私を“国内派”だと思っているだろう。私を過小評価するな。私はワシントンに太いパイプをもつ“国際派”だ」と言い出した。室長たちは驚いて顔を見合わせた。どういうこと?
やがてその意味がわかった。
日本語の達者な、米国籍の美人秘書が官邸中枢の副長官秘書官室に座り、在任中そこにいたのである。しかも彼女の妹も外国メディアの日本特派員ときた。
書類はすべて秘書室を通る。これでは情報が筒抜けではないか。少なくとも“国際派”の常識に反する。
ワシントンの“太いパイプ”とは、そう太いともいえない国防総省の日本語のできるジム・アワー日本課長だった。
彼の上司、アーミテージ国防次官補は筆者に笑いながら言った。
「私は親日家だが、英語の達者な美人の日本人秘書を秘書室に置く男気はないね。KGBや公安部の好餌となるからね」
慶応卒で、日本大学院で司法試験を目指して挫折した小沢副長官は、官僚、特に東大出のエリート官僚に強いコンプレックスとその裏返しの烈しい支配欲、対抗心、見下し、自己肥大症的自己顕示があったようだ。
とにかく、威張る。頭ごなしに叱る。一々まぜかえす。やたら虚勢を張る戦中生まれを代表する権力欲の強い“壊し屋”だ。
ある時「3時間割くから安保問題のレクをせよ」との下命で、2人サシで進講した。
その言語は粗暴、態度はぞんざいで、一々反論し、まぜかえす。辛抱して続けているうちに、靴を脱いで官房副長官室の応接セットのガラス机の上に両足をのせ――これ位は許容範囲と思っていたら――靴下をとって裸足の足指の水虫をかき始めた。明らかに腹をふくらますイソップ童話「愚かな蛙」の蛙のごとき姿の不作法である。
名にしおう小沢一郎とは、こんな人物かとそれ以来筆者は彼を人格的に評価していない。
ある日、遂に五室長との間に紛争が起きた。
官邸記者クラブのオフレコの副長官内話で、「五室長は皆、無能で、中曽根・後藤田の手先。全員クビをすげ替える」と、後任者候補の氏名まで挙げて語った…と翌日の毎日の朝刊が報じたのである。五室長は怒った。
辞表懐に、小渕長官、小沢・石原(信雄)両副長官を昼食に誘い、おしぼりが出たとたんに的場順三内政審議室長が小沢副長官に向かって直言諫争を始めた。
顔を真っ赤にして憤った小沢副長官の怒声は、中曽根・後藤田に選ばれた歴戦の五室長には通じなかった。
猛反撃を受けて黙ってしまった小沢副長官に止めを刺したのは的場室長だった。
「我々を無能だとおっしゃるが、中曽根・後藤田の下では立派に機能しました。それが機能しないのは、上の方の御器量の問題です」と言ってのけたのだ。
一同辞める覚悟で机の整理をしていたら、筆者は竹下総理に呼ばれた。
「貴方が先任だから私の意思を4人に伝えてください。中曽根総理同様に私を続けて補佐してほしい。5人の将来は私が保証する」との本領安堵の言葉だった。
だが、メンツ丸潰れの小沢氏の憤りは烈しく、特に的場氏は目の敵にされ、人事上のリベンジを受けた。
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